家並みの中を歩けば、閑散として空き家が目立つ。家並みを抜けてでると、荒れた田畑に猪の荒らした跡…。
人に出会う。杖をついた人、手押し車を押した人。私自身は忙しく過ごしているが、要支援の母と二人暮らし。いずれは老々介護になる。
周りを見渡せば、夫婦間、親子間の老々介護はことのほか多い。それ以上に多いのが一人暮らしの高齢者。高齢者の孤独や不安、助け合いを、ありのままに話し合う場がない。
子供は親の下で育ち、地域の中で育まれる。人とのかかわりの中で、自分を見つけ出す。子供同士、子供と親、子供と地域…。ただ、子育ての不安や助け合いを、ありのままに話し合える場がない。
人が幸福や安心を感じることができるのは、お互いに顔の見える関係の中であり、それが日常の生活感である。
町が元気かどうかは、自分のまわりの小さな地域が元気かどうかだ。都会では、子供や若者の孤立、高齢者の孤独死が当たり前となった。食事が満足にできない子供たちも、少なくはない。
自分を取り巻く小さな地域、場がなくなったのだ。こうした実態は、過疎にも忍び寄っている。「人」が置き去りにされている。その実態を知らない、知らされない。
なぜ、こんな時代になったのだろう。
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力をあわせるか、衰退するか私たちの選択
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人が輝き、まちが輝くために
南海トラフを震源とする巨大地震。近い将来に必ずやってくる。明日かもしれない。半割れも含めて、この国が壊滅的なダメージを受けることが予想されている。救援の手は、まずは太平洋岸に集中するため、瀬戸内海の島々に対策が及ぶのは後回しになることが予想される。
災害に、感染症、食料やエネルギー、そして戦争。どんな時代になっても、安心・安全の中心は、助け合える顔の見える社会であり、そこに住む人たちが「役割と誇りをもって輝ける島」が私の信条。これまでの経験を活かしていきたい。
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まずは、きちんと調べる知らせる
この地域はどんな状態になっているのか、どんな課題に直面しているのか、そしてどんな取り組みがあるのか、調べられていない。一方で町全体がどうなっているのか、きちんと知らせられていない。
本来なら、すでにできていなければならないけれど、まずはここから始める。これがないと始まらない。
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